【この気 なんの気 気になる記】

〜JAM語る指数(Catharsis)何%?〜

ブーム

浅田次郎の小説に初めて触れたのは、
図書館で借りた『蒼穹の昴』という単行本だった。
中国清朝末期の歴史大作ということから中途挫折も頭をよぎったが、
読み始めると、芥川龍之介の『杜子春』を思い出し
懐かしさに導かれながら何の抵抗もなく清朝世界に溶け込んだ。
結構な厚さに小さい文字だったように記憶しているのだが、
かなり短期間で読み終えてしまった。
どんなTVドラマを見るよりも面白く、その本を開く時間が幸せだった。
良い本に出会うと、早く先が読みたくなるのはいうまでもないが、
残りページが少なくなっていくととても残念で寂しくなる。
そんな矛盾した感情が交差する。
感動と充実した時間を与えてくれた読み応えのある超大作だった。
その後、『珍妃の井戸』も読んだのであるが『蒼穹の昴』を越えることはなかった。
そして、『鉄道員(ぽっぽや)/ラブレター』の短編集で一息つき
浅田次郎作品から遠ざかっていた。今、再び浅田次郎作品に触れて

次は古本屋で『壬生義士伝』と巡り合う事を密かに願っている。
「なんで、古本屋やねんっ!」って話ですが・・・・・古本で充分ですから〜(笑)
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イメージ

小説の映画化はよくあることだが、
映画と小説は別物として考えなければいけないと思っている。
しかし、それとは別に小説を読んでいるうちに
自分が映画監督にでもなったかのように
勝手なキャスティングを始めたり、画面を構成したりしている。
小説を読んでいるときの想像力は、誰にもそんな作業をさせるのではないかと思う。

『椿山課長の七日間』を読んで西田敏行のキャスティングはピッタリだと思った。
その他の出演者は知らなかったのだが、ネットで調べてみて・・・
伊東美咲・・やっぱりなと思った。
私のイメージにピッタリだったということではなく、
美しい容姿という描写で、今、露出度のある伊東美咲あたりかな?と
思っただけである。
伊東美咲フアンには申し訳無いのだが、少しがっかりしたものの、
その他の出演者が分らずDVDでも借りてきて観てみようかと思っている。

今日読み終えた『地下鉄(メトロ)に乗って』も昨年映画化されていて、
堤真一が主演であることだけは知っていた。
読み始めから堤真一と物語を追っていく形になり、
彼以外の俳優がその位置に付くことはなかった。
それほどマッチしていたのかもしれないし、
そんなに強い個性がなくても良かったのかもしれない。
彼は主人公ではあるが、ストーリーテラーとしての進行役でもあった。
個性の強いキャラクターを必要としたのは、寧ろ彼の父親だった。
読み終えて、映画のキャスティングを調べた。
「う〜〜〜ん 大沢たかお、か〜〜〜」他は、岡本綾、常盤貴子。。。

おばちゃんのイメージとはちょ〜〜っとかけ離れてました。
このDVDは観ないだろな・・・・

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タイムリー

J・アーチャーの本で、カタカナ名前のオンパレードに少々げんなりしながらも
S・ブラウンの作品と浅田次郎の『椿山課長の七日間』を並行して読んでいた。
海外ドラマと国内ドラマが頭の中で同時進行していたのは初めのうちだけで、
『椿山課長の七日間』を一気に読んでしまった。
観たいと思いながら見逃した映画(西田敏行主演『椿山課長の七日間』)の原作本だ。
期待を裏切られることなく面白かった。浅田ワールド全開の傑作だと思う。


百貨店婦人服売り場課長の椿山課長はある日突然死してしまう。
現世とあの世の中間にある中有(中陰)で言葉を交わす死者達。
その中でも、青信号を渡っていたのに車に轢かれた「蓮ちゃん」と
人まちがいでヒットマンに撃たれてしまったヤクザの親分「武田」、
そして椿山課長が黄泉がえりを希望し現世とは全く違う容姿で
この世に舞い戻り、遣り残したことや心配事を片付けていく。
目次「沙羅の咲く道」から始まるこの物語は、
最後の審判を受ける「大往生」までが描かれている。

笑いも涙も盛りだくさん、生きているときには分らなかったことに
答えを見つけ死者達もこの世に残されたものも納得する。
その過程は読者にも様々なことを問い掛ける。
死者達の浄化は読み手の浄化に繋がっていく。
「死」を題材にしながら、読み終えた後何故だか清清しい気分になったのは
浅田次郎氏のテクニックによるものだが、
心打つ言葉も多く散りばめられ、癒しの効果もある。
私はこの作品をスピリチュアル小説と呼びたい。(笑)


「ぼくは今はじめてわかった。人間にとっていちばんつらいことは
善意にそむくことだったんだ。」
蓮ちゃんの言った言葉が私の心に深く残る作品でした。

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改めて・・・

先日買った古本のJ・アーチャー『十四の嘘と真実』は、
「まぁそこそこ」でした。
アーチャーの作品は登場人物の背景や設定がしっかりしているせいか、
いくつもの短編作品を一気に読み続けるのは少々苦しい。
当たり前だが、登場人物は外国人でありカタカナ名前である。
その上、アーチャー自身の環境のせいか、普通のビジネスマンの話よりも
弁護士、銀行マン、医者、大学教授、大富豪などの設定が多く、
小市民の私とはかけ離れている生活の描写も多い。
場面の様子を想像しながら、名前と人となりを把握しながら、
筋を追いながら、登場人物が把握できた頃に物語の結末も来てしまう。
話しを楽しむ余裕がなくなるからか、
それを14話も繰り返し一冊を読破した暁にゃ、もう・・いっぱい、いっぱいで、
「ごっつぁんです!」でした。
短編に収めるには表現も諄くキレがない。
これは作者か?翻訳者か?というところだが、
今までの短編集に印象や記憶が残ってないのも、こうして改めて考えれば
これが原因だったのかも。
もう絶対、J・アーチャーの短編集には手を出さないと思う。

しかし『百万ドルをとりかえせ』と『ケインとアベル』はお薦めです。
『ケインとアベル』を読んだ方には
ケン・フォレットの『大聖堂(上)(中)(下)』を是非お薦めしたいと思います。(似てるから〜)

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